叱らない教育は実現できるか

叱らない教育というのは、教育に対して本気で向き合う教師にとっての理想です。しかし、この理想に対する意見は分かれることが多いですよね。私の周りにいた教員歴の長いベテラン教師は、「叱らない教育なんてありえない。そんなものは教育ではない。」と豪語されていました。私自身、叱らない教育を実現させたいと思っていましたが、実際に担任をしてみると「叱らない教育なんて実現させている先生、本当にいるの?」とその存在を疑ってしまうほど上手くいきませんでした。では、本当に叱らない教育は実現できないのでしょうか?

 

叱らない教育は実現できる

結論から言えば、叱らずに学級をまとめている教師がいるのは事実であり、叱らない教育は実現できます。私がこれまでにお会いした先生の中で、一切怒鳴らないやり方を貫いている先生を数名知っています。またその先生方以外にも、叱らない教育を実践して上手くいっているという人は何人も存在しています。叱らない教育は実現可能なのです。

ただし、気を付けてほしいのは実現できるからといってそれが誰にでも可能なわけではないということです。何の知識もノウハウも無い教師がある日突然叱らない教育を始めた場合、ほぼ100%上手くいきません。その結果どうなるかというと、最悪の場合は学級崩壊が待っています。

叱らない教育を実現させている教師は、子どもが何をしてもニコニコして叱らないでいるわけではありません。教師が叱らずとも子どもが望ましい行動をするように考えながら適切な指導しているのです。教育について時間をかけて学び、実践し、反省することをくり返すことでそのような独自のやり方を築いておられます。お金も相当かけられているはずです。想像を絶するほどの努力を積み重ねた上でそれを成功させているということを知っておいてください。

 

 

「絶対に」叱らない教育ではない

叱らない教育と聞くと、「絶対に叱ってはいけない」ということを想像する人がいますがそれは違います。「基本的に叱らない」というだけです。

叱るべきときは叱る

叱らない教育を実践している教師でも、叱るべき場面に遭遇したら当然叱ります。叱るべき場面というのは、子どもがどんな理由があっても絶対に許されない行為をしたときです。その行為の例としては、人に迷惑をかける・人を傷つける・いじめる・差別する・命を粗末にするなどが挙げられます。子どもがこのような行為をしたとき、注意するだけで済ませてはいけません。叱らない教育をしている教師であっても、子どもがこのような行為をしたときは鬼のように厳しく叱ります。ただし、叱らない教育を実践できるほどの腕を持っている教師の前で子どもがこのようなことをすれば、の話です。

 

「叱らない」と「叱れない」は違う

これもよく誤解されていることですが、叱らない教育で学級をまとめている教師が「叱れない」わけではありません。叱ることも出来るうえで、あえて「叱らない」やり方を実践しているのです。叱らない教育を実現している教師の多くは、これまでの教師生活の中で叱ることを経験してきています。つまり叱る技術を持っていて、叱ろうと思えば叱れる状態であるということです。

もしあなたが「叱れない」から叱らない教育をしようと思っているのであれば、すぐに考えを改めてください。叱ることは悪ではありませんし、教師にとって叱る技術は必須です。叱らない教育を目指すことは非常に良いことですが、効果的に叱る技術を身につけたうえで行って欲しいと思います。

 

 

叱らない教育の考え方

「叱らない教育をしている先生でも叱るの?じゃあ、叱らない教育って何なの?」きっとそんな疑問を持たれることでしょう。叱らない教育の実態についてもう少し詳しく説明していきます。

正しくは「なるべく」叱らない教育

前述の通り、叱らない教育は「絶対に」叱らないわけではありません。子どもが絶対に許されないことをした場合はもちろん叱ります。しかし、それ以外では叱らない。つまり「なるべく」叱らない教育だということです。

ただ、叱らない教育で学級をまとめることの出来る教師というのはかなりの力量を持っています。そんな教師のもとにいる子どもたちは、絶対に許されないようなことをするでしょうか?まず、そのようなことを教師がさせるはずはありません。つまり、教師が叱ることはほとんど無いのです。中には1度も叱らないこともあるといいます。

 

なぜ叱らないのか

子どもを動かすための手っ取り早い方法は、子どもを威圧し、恐怖の力で動かすことです。教師が怒鳴っていれば子どもは簡単に言うことを聞きます。騒いでいる子どもたちも、怖い先生が来ると一瞬で静かになりますよね。しかし、それは本当の意味での教育とは言えません。なぜなら、子どもたちは教師が怖いからただ従っているだけであって子ども自身が成長しているわけではないからです。

叱らない教育を実現させている教師も、それまでは子どもを叱ってきました。つまり、簡単に子どもを制圧する方法を知っているということです。では、叱る技術があるのになぜ叱らないのか。それは、本当の意味で子どもを成長させていくためです。叱って従わせるのではなく、正しい方法を教えて理解させる。その上で実際にさせてみて、ふり返らせる。このような丁寧な指導をくり返していくことで、子どもは叱らずとも主体的に望ましい行動ができるようになっていくのです。

 

 

叱らない教育を実現するには

叱らない教育を実践している教師になぜ子どもを叱らないのかたずねると、「叱る必要がないから。」という驚きの答えが返ってきます。叱らない教育によって子どもを指導するにはどうすれば良いのでしょうか。

指導技術の向上に努め、柔軟性を持つこと

叱らない教育をする教師は、子どもに叱るような行動をさせません。つまりこれまでの経験から子どもの考えや行動を予測し、叱るようなことが起こる前にそれを未然に防いでいるということです。

子どもは基本的に真面目なので、教師が的確な指導をすればほとんどの子はそれに従います。教師の指導に納得できれば反抗することは少ないです。しかし、説明や指示が分かりづらく指導の意味が理解できない、授業がつまらないという状況ではどのようにすればいいのか分からず教師の意に反する行動をします。また、子どもたちの中には多くの子に通じる方法が通用しない子もいます。そのようなときに子どもたちを導く方法が分からず、叱ることによって従わせる教師が多いのです。

下手な授業や指導をして子どもが言うことを聞かないのは当然です。それを全て子どものせいにして叱りつけるだけというのは良くありません。まずは教材研究を十分に行い、分かりやすい説明・指示・発問が出来るようになること。そしてやり方が合わなければ子どもによって対応を変えることが大切です。日常指導においても子どもに合う方法を模索しましょう。

 

叱らずに指導する方法を考える

授業中、いつも寝てしまう子どもがいます。一人の教師は「起きなさい!」と怒鳴りました。もう一人の教師は子どもに生活リズムを改善するよう指導し、保護者にも協力を依頼しました。

子どもが望ましくない行動をしたとき、子どもを叱りつける教師もいれば問題の解決に努める教師もいます。これは1つの例に過ぎませんが、どのような指導をするかは教師次第だということです。叱らない教育をする教師にとって、子どもを叱って解決するのは最終手段です。

子どもを指導するとき「この問題は叱ることでしか解決できないのだろうか?」ということを絶えず自分に問い、まずは叱らずに解決するための方法を考えてみることが叱らない教育を実現するためのスタートです。

 

 

叱らない教育に一歩でも近づける努力を

叱るだけの教育こそ「甘やかし」

叱ることには多くのデメリットがあります。叱ることによって少なからず子どもの自尊心を傷つけ、周囲の子どもたちにプレッシャーを与えているということを知っておいてください。教師が叱るばかりの学級にいる子どもは、見せないだけで確実に不満を持っています。その不満が積もっていくと学級も上手くいかなくなってしまうのです。また、子どもたちも怖いから従うだけであって本当の意味で教師の教えを学習しているわけではありません。

叱らない教育を「甘やかし」だと言うのは間違いです。叱らない教育こそ真の教育に最も近いもので、叱られずとも望ましい行動が出来る子どもたちを育てるということは生易しいことではありません。叱るだけで子どもを従わせ、教師がいなければ何も出来ない子どもにしていることこそ「甘やかし」です。叱ることで子どもを意のままに動かし、教育した気になってしまうことは教師自身の「甘え」であり、「力量不足」であることを認識しましょう。

 

教育は楽ではない

誰だって最初は上手くいきません。その間は叱らなければ学級もまとまらないので叱ることも必要になってきます。しかし、叱るだけの教育に頼りきってそこにあぐらをかいている教師と、叱りながらも指導力の向上を目指し努力している教師とでは全く違います。子どもを威圧して従わせるやり方に対する疑問を持ち続け、絶えず新しい方法を見出す努力を重ねた教師だけが理想の教育にたどり着くことが出来るのです。

「ただでさえ忙しいのにそんな大変なことはやっていられない。」そんな声が聞こえてきそうです。その通り、教師は楽な仕事ではありません。苦労して子どもを育て上げたとしてもまた次の子どもがやってくるため、教師としての仕事が永遠に終わることもありません。しかし、それでも子どもたちのために鍛錬を続けるのが“プロ”の教師です。“プロ”といえるだけの力量を持つ教師は、学ぶことや自分を変える努力を絶えず続けてきた人だけです。