学級に秩序が必要なのはなぜか

学級崩壊とは、学級に秩序がない状態のことです。では、学級に秩序があるというのは具体的にどういう状態のことなのでしょうか。そしてなぜ学級には秩序が必要なのでしょうか。

学級に秩序が必要な理由と教師の責任

秩序がある学級は子どもにとって「頑張れる場」

学校で過ごす時間の中で、多くの子にとって楽しいと感じるのは給食や休み時間です。勉強や掃除の時間を楽しいという子もいるとは思いますが、給食や休み時間に比べると少ないでしょう。もしも、先生が「今日は授業がありません。1日中遊ぶだけです!」と言ったら子どもは大喜びするはずです。私たちも校長先生から「明日は仕事をしなくていいです!」と言われたら嬉しいですよね(笑)それと同じです。

しかし、そんなことばかりしていられません。社会に出るためにはやるべきことに取り組み力をつけていく必要があります。子どもにとって学校とは修行の場です。たとえやりたくないと思っても、勉強や掃除などにも取り組まなければなりません。

秩序がある学級では、全ての子どもが真剣に勉強や掃除に取り組みます。トラブルも少ないです。それは、子どもにとって学級が「頑張れる場」として機能していることを意味しています。「頑張れる場」であるから、教室では自分勝手な行動をしないというのが当たり前になっているのです。

 

秩序を保つには厳しい指導も必要

「子どもだって一生懸命なんだから、そんなに怒らなくてもちゃんとできるはずだ。なぜ多くの教師は子どもに厳しく指導するのか。」という疑問を持っている人もいるかもしれません。もちろん、多くの子は進む方向さえ示してやれば教師がそこまで厳しく指導しなくても当たり前に勉強や掃除に取り組みます。なぜならほとんどの子どもは、学校を「頑張る場」だと思っているからです。多くの子は学校が自分を高める場であることを知っており、そのことに納得しています。だから、教師がやるのだと言えば素直に従うのです。しかし、時々それが通じない子がいます。

学校の活動に対して「やりたくない」という抵抗感を強く持っている子は、教師に「隙」が無いかを常に探しています。子どもの抵抗感を減らすために楽しい学級にしようと意気込むのは悪いことではありません。ですが、かなり上手くやらない限りその意図を子どもは汲み取ることが出来ません。教師が楽しさや自由だけを大切にし厳しさをないがしろにすると、その子どもにとって学級は「頑張る場」から一瞬で「楽できる場」へと変わります。そうなると、子どもは徐々に本性を出していき教師を困らせるのです。ここに、多くの教師が厳しく指導せざるを得ない理由が隠されています。

 

子どもに自由を与えすぎてはいけない

教師の言うことを聞かず授業中に暴れたり教室を飛び出したりする。あなたの前で子どもがこのような問題行動を起こすとしたら、それは子どもを自由にさせ過ぎたことの結果です。こうなると、その子たちだけでなく他の子たちの活動も妨げられます。学級が「頑張れる場」ではなくなってしまうのです。

また、抵抗感が強く「やりたくない」からといってその子に勉強や掃除をさせなくていいという理由にはなりません。無理に頑張らせるのは可哀想だと思うかもしれませんが、それは子どもだからです。その子が大人になって同じことを言ったとき、可哀想だと思う人はいません。その考えは社会では通用しないのです。

社会にはルールがあります。映画館では静かにし、列があったら並ぶのがマナーです。生きていくためには仕事をしなければいけません。自分の好きなように生きていくことは出来ません。このように、大人になったら誰でも不自由を我慢する必要があります。周囲の迷惑を考えず自分勝手に行動することを許していると、その子は社会にそぐわない人間へと成長してしまいます。そうやって困るのはその子自身です。特に多くの子が当たり前に取り組んでいる学校の活動に対して抵抗感が強いのであれば、なおさら我慢して取り組む姿勢を身につけさせる必要があります。

 

学級の秩序を保つのは教師の責任

学級は、全ての子どもにとって「頑張れる場」でなければなりません。そのために必要な支援をしていくのが教師の仕事です。「学校は学ぶところで、わがままを言ったり迷惑をかけたりすることは絶対に許さない」という姿勢を教師は絶対に崩してはいけません。その意味でも、自分勝手なわがままを通そうとする子に対しては厳しい姿勢での指導が必要になる場面もあります。

勉強や集団行動への抵抗感が強い子にも努力をさせ、秩序が保たれた学級にすることは決して悪いことではありません。反対に、そういう子を野放しにしておくことの方が問題です。教室には必ず秩序が必要です。そして教室に秩序を保つことができるのは教師だけです。