「普通の学級」をつくることがなぜ大切なのか

理想を追い求めるほど上手くいかなくなる

理想を押し付けると崩壊する

「教師になったからにはこんなクラスをつくりたい。こんな子ども達を育てたい。」その気持ちはよく分かります。しかし、その思いだけで先走った結果、待っているのは理想とは程遠い学級崩壊です。冷静になって考えてみてください。あなたの仕事はあなたの理想のクラスを作ることですか?そうではありません。子どもに基本的な学力をつけること、そして子どもの人格形成の基礎を築くことです。まずはあなたの学級にいる全ての子どもに学習の権利を保証し、安心して学べる環境を用意してあげる必要があります。学級崩壊という状態は、この最低限の権利と環境を奪うものです。そうなってしまったとき、あなたは教師として精神的に大きなダメージを受けることになるだけでなく、子どもたちと保護者への責任も果たすことが出来ません。自分の理想に集中するあまり本来の目的を見失い、荒れを引き起こしてしまうという失敗は若手に多いです。

 

理想に振り回されると教師も子どもも疲れ果てる

「教師になったのなら理想のクラスをつくろうと努めることが当然。それが情熱。」と考える人は多いでしょう。しかし、その理想の中に「子どもたちの思いや考え」は含まれていません。子どもに「どんなクラスがいい?」と聞いたところで「楽しいクラス」とか「みんな仲良しのクラス」とかせいぜいこのくらいの回答しか返ってこないため、具体的な部分は教師がつくっていく必要があるのです。そのため理想の学級というのはその教師個人の理想であることがほとんどです。

学級や子どもに求める理想が高ければ高いほど、そして理想と現実とのギャップが大きければ大きいほど、その事実は教師を苦しめます。「こうあるべきなのになぜ出来ないのか。」「自分の指導が悪いのだろうか。」理想を実現できないことが教師を焦らせ、イライラさせていくのです。そして教師の焦りやイライラは、子ども達へと降りかかっていきます。

「君たちはなぜこんなことも出来ないのか。」「もっとこうして欲しい。」理想を目指すほどに、教師から子どもたちへの要求は増えていきます。そしてそれは時に子どもの思いや考えを抜きに進められていくのです。子どもたちは教師からの度重なる要求に疲れ、気力を失います。いくら言っても重い通りに動かない子どもに教師も疲弊します。さて、そのような教室は果たして子どもが望んだ「楽しいクラス」「みんな仲良しなクラス」になっているのでしょうか?

 

最初は「普通の学級」を目指すのが成功への近道

力量がないことを自覚し基本を大切にすべし

若い教師にはまだ力量がありません。これは当たり前のことで焦る必要はありません。理想の学級を実現していくには、きちんとしたノウハウに則って指導していく必要があります。プロ教師は計画的な指導を重ねながら地道に子ども達を成長させていっています。つまり、指導には理論や段階があるということです。教師としての技量がないうちにそれらを無視して理想だけを追い求めると、結果的にその姿を求められる子どもを苦しめることになります。まずは学級としての基盤を固めていくのが先決で、それが出来れば十分立派なのです。

学生時代、若い先生が担任だった時があります。さらに、私のいたクラスはその先生が担任を受け持つ初めての学級でした。始業式のあと教室で担任からの挨拶があり、学級目標が発表されました。初めての担任に燃えていたその先生はどれほど崇高なスローガンを打ち出すものかと思っていましたが、なんと学級目標は「凡事徹底」(当たり前のことを徹底的に行うこと)というものでした。初めての担任なのだから、もっと希望のある言葉にすればいいのにな~と感じたのを覚えています。しかし、それこそ大きな間違いです。

教職を全うするためには、経験が浅いほど基本を大切にするということが重要になります。なぜなら、学級をまとめることのできる教師はみな当たり前のことを当たり前に出来ているからです。反対に、力量の無い教師は当たり前のことが徹底できません。当たり前のことが出来ていない状態で新しいことに挑戦しようとすると、学級は必ず崩れていきます。その先生が受け持った学級、つまり私のクラスが崩壊することはありませんでした。なぜその先生が「凡事徹底」という言葉を大切にしたのか、今の私にはよく分かります。高い理想ばかりを見ていたという自覚がある場合は、ぜひ心の中でこのスローガンを掲げてみてください。

 

「良い学級」をつくる教師ほど基本に忠実

忘れてほしくないのは、「良い学級」をつくっている先生ほど基本に忠実であるということです。“プロ”という言葉に当てはめて考えてみてください。“プロの料理人”や“プロ野球選手”は、何か特別な技を使っているから結果を出せるのだと思いますか?恐らく違います。なぜなら、していること自体は他の料理人や野球選手と変わらないからです。では、何が違うのか。他の人との大きな違いは「技の精度」でしょう。才能の違いもあるかと思いますが、それだけでなく練習の積み重ねや場数を踏むといった経験など全て含めて、“プロ”は他の人よりも「技の精度」が高くなっているのです。だからこそ、大きな結果を出すことが出来るのだと思います。

とてつもなく力量のある教師の話を聞いていると、「あの先生はすごい。他の先生とはやり方が違うのだろう。」という評価に周囲も自分もなりがちです。しかし、「良い学級」をつくれるからといって普通のことをしていないというわけではありません。むしろ、そういう学級こそ基本的なこと、当たり前のことをあたり前にやるということが徹底しています。「良い学級」をつくる教師は「当たり前のこと」に取り組んでいるだけでなく、それをどの学級よりも徹底させているからこそ学級の基盤がしっかりとしているのです。

 

「普通の学級」から「良い学級へ」

私もはじめはこの意味がよく分かっておらず、力のある先生から忠告を受けていたにも関わらず理想を追い求めて学級を荒れさせてしまいました。だからこそ、この経験から学んだことを伝えたいと思います。

「良い学級」を目指し、やらなければならない「当たり前のこと」を抜きにはじめから「人と違うこと」に取り組むのは危険です。学級崩壊を引き起こすだけでなく、「あの先生は違うことばかりやっている。」と他の先生方からの反感を買うことにもつながりかねません。結果が出せていないなら尚更その風潮は強まってしまいます。

まず必要なのは、「良い学級」ではなく「普通の学級」をつくることです。もし理想の学級をつくりたいのだとしたら、「普通の学級」をクリアした上であなたの理想を少しずつ指導に落としていくのがベターです。最初から「良い学級」をつくることを課すということは自分自身に強いプレッシャーをかけるということでもあり、それは教師にとっても子どもにとっても良いことばかりではありません。経験が浅いうちから「良い学級」をつくるのは到底難しいことですので、知らぬ間に精神は追い詰められてしまいます。まずは「普通の学級」から。そう思うだけで、ほんの少し肩の荷も下りるのではないでしょうか。レベルを落としてみるだけで心に余裕も生まれますし、子どもにも優しく接することが出来るようになります。理想を追い求めるという行為は、あなたを追い詰めるだけでなく時としてそれに付き合わされる子ども達を苦しめることにもなることを忘れないでください。まずは「普通の学級」をつくり、少しずつあなたの理想とする「すごく良い学級」へとシフトしていく。この流れを守ることが、教師として成功するための近道です。